葉っぱの王子様


近所で買い物途中、紅葉した葉っぱで作った王冠を冠った男の子に遭遇しました。可愛かった。

傘の整頓


我が家の玄関、小さいにも関わらず、傘立てとか自転車とかスリッパとか置くものが多く、ちょっと窮屈です。
特に傘立てには大量の傘がささっていて、不安定な状態。ドアの脇に置いてあるので、旦那様が泥酔して帰宅した時とか、よろけて危険だな…と思っていました。
最近の傘は安いけど丈夫で立派なので、外出先で間に合わせで買っても捨てられず、いつの間にか増えてしまいがち…。でも、さすがに多いなと思い、普段使わない物は倉庫に移動しました。(捨てたいけど、そこまで決断できず…)
傘立ても置くのをやめて、タオルハンガーを壁に取りつけそこに引っ掛けることにしました。できるだけ玄関に置けるキャパを小さくして増加防止をはかりました。
ハンガーの上に小さい棚を付けて、ささやかなウェルカムコーナーも設けました。

七五三のお祝い

先日、甥っ子の七五三のお祝いに行ってきました。
満4歳ですが、数え年で5歳ということで、神社にお参りへ。ママの手作りベストと半ズボンを着て、祈祷をしてもらいました。
生後すぐにICUへ入り心臓手術をした甥っ子ですが、無事にここまで育ってくれて良かったなと思っています。

昔は、神社にお参りする時は自分の幸せを祈ったものですが、最近は家族が慎ましくも元気でいることを願うようになりました。

11日は特別な日


11月11日は父の命日です。
寒い夜でした。11月11日の夜11時過ぎでした。
家に連れて帰った時は深夜過ぎで、凍るような空気が目を突き刺す感じだったのを覚えています。ふと夜空を見ると、星が渾々と輝いていました。
59歳になって間もなく亡くなった父も、生きていれば76歳になっているはず。孫を可愛がっていたかもしれないな…と想像したりします。
亡くなって10年くらい、夢に出て来る父の姿は闘病して苦しそうなもので、いつも体調を心配する場面でしたが、最近、ようやく元気な頃の姿も現れるようになりました。

なんとなく辛いイメージだった11月11日。
前向きな日にしたいなあと思い、入籍日にしました。
それ以来、私にとってこの日は大事な節目の日になりました。

ちなみに、9月11日は姪っ子の誕生日。(NYの事件より数年前)
彼女が予定日より少し遅れて誕生したのは、お父さんが天国から自分の存在をアピールしたからかも…と思いました。

蜜柑の皮を干してます。


寒くなると、我が家のリビングテーブルの上には、蜜柑を盛った籠が登場します。
旦那さんは蜜柑好きで、テレビなんか見ながらパクパク沢山食べます。
皮を剥いた瞬間、爽やかな蜜柑の香りに広がり、なかなか心地よいのですが、その大量の皮をそのまま捨てちゃうのがもたいない気がしたので、蜜柑の皮置きコーナーを設けました。
100円ショップで買った竹ザルに皮を並べ、乾燥させでドライハーブみたいにして利用するようにしました。
無水エタノールやビネガー(クエン酸水)に皮を浸しておくと、手作りオレンジクリーナーになります。茶袋に入れてお風呂に浮かべたりもできます。
食べて楽しみ、香りを楽しみ、皮まで使い切って…、蜜柑ってえらいな〜。

裂き編み新作

主人の柄シャツと、私のTシャツのハギレを使って編みました。
茶と白のボーダーシャツやオレンジの強烈な柄シャツも、裂き編みにすると優しい感じになります。

古いシャツを使って裂き編み


そろそろ衣替えの季節。年々増えたタンスのこやし…、そろそろ何とかしないといけないなと思い、整理しています。
フリースやタオル地は、床のホコリ取り(クイックルワイパー)に取り付けるシート状に切って使い、レギンス、タイツ、ストッキングは小さく切り分け、ホコリや油汚れふきにして使い捨てています。
Tシャツや綿シャツは、細く切り裂き、紐状にして裂き編みにして楽しんでいます。

ドングリ観察を楽しみました

ドングリ by yanagida
ドングリ, a photo by yanagida on Flickr.
近所にある赤羽自然公園にはドングリ林があって、地面には様々なドングリが落ちていました。先日の台風の影響もあるのでしょうか、まだ青い実も沢山転がっていました。
夫婦で、ただ転がっているドングリ拾い、形を確認しては戻すということをして、暢気な散歩を楽しみました。

台風と夏の終わり

今年は、残暑が厳しいと言われています。9月も半ばというのに、連日、熱中症のニュースが報じられ、寝苦しい夜も続いています。
この暑さは、台風の影響もあるとのこと。
今年は大雪、地震、洪水、原発事故と災害続き。季節の移ろいも、いつもとはちがう思いで見つめています。
一ヶ月前までぐんぐんと伸びていた朝顔、葉っぱが黄色くなってきました。暑いながらも夏が終わりに近づいていることを知らせてくれます。くすんだ黄緑の葉を、じぃ〜っと見つめながら、できたら、台風が厄も一緒に絡めとって行ってくれたらな…思うのです。
穏やかで優しい秋になってほしい。

秋茄子と秋鮭を食べました。

家族会議で、本日の夕食は和食にすることになりました。
近所のスーパーにも秋らしい食材が並ぶようになったので、秋茄子、秋鮭を使った献立を考えました。

「茄子の田楽味噌サンド」
茄子を縦に4等分して、半分を1セットに使います。サンドの内側には包丁で編み目状に切り込みを入れておき、そこに片栗粉をまぶします。
甘辛の田楽味噌を塗り、チーズとベーコンを交互に重ねます。
後はオーブントースターなどでグリルするだけ。好みで茄子の皮面にごま油を塗っても良いかもしれません。

「鮭の焼き浸し」
フライパンで鮭を皮目から焼き、裏返してから、麺つゆ1+醤油1+酒1+水2の割合で作った煮汁を回し入れ、蓋をして蒸し焼きにします。煮汁とともに盛りつけた鮭に、たっぷりの大根おろしと貝割れ大根を添えて完成。

副菜:お刺身。豆腐の味噌汁。

お天気「小吉」の夫婦

台風12号、随分広範囲に影響が出てきているのに驚いています。
そんな天候が続いていたにもかかわらず、私達夫婦は草津温泉に行ってきました。
台風が四国沖に近付いて来ているのが気がかりでしたが、本州上陸の前には帰宅できそうだったので大丈夫だろうということで出発したのです。
ところが、ニュースなどを見てみると、群馬県には豪雨が降り、場所によっては大変なことになっていたようです。
運良く私達は、それをすり抜けていたらしい…。
晴天とは言えないけど、私達が散策で外に出ようとする時は雨は小降り…。露天風呂に入る時は止んでいて、わりと楽しく過ごせていました。
バスで通った近辺が増水して大変なことになっているのをニュースで知ったのは、帰宅してからでした。

そういえば、私達夫婦が旅先で悪天候に遭遇したのは今回だけでは無い…。
これまでにも何度か、台風や悪天候が、二人の滞在先の交通機関に影響を及ぼしているというニュースを見たことがあります。しかしながら、いつもギリギリセーフでその場を通過できているのです。
今までのところ、私達夫婦の旅先での天気運は「小吉」です。
いつも「晴れ」ではないけど、とりあえず無事に過ごせるという意味で…。夫婦運が小吉なのか、旦那さんの悪運が強いのか…。
とりあえず、「お天道様」の御加護に感謝です。

酒田〜東京、長い帰路

帰省先の酒田から東京に戻る日、豪雨に巻き込まれ、山形周遊迂回路をたどる半日がかりの長旅を経験することになりました。

私の実家の最寄り駅の酒田から東京までをJRで移動する場合、日本海沿いに特急いなほで新潟へ行き、そこから上越新幹線で東京へ行く新潟まわり(約4時間半)と、最上川沿いに普通電車で新庄へ行き、そこから山形新幹線で東京へ向かう山形まわり(約5時間)があります。
時間的にちょうど良いということもあり、この夏は新潟回りで東京に戻ることにしていました。ピークは過ぎたけれど帰省シーズンということもあり、事前に座席予約もしてありました。
しかし、当日は庄内地方を豪雨が襲い、酒田発の電車がすべて運休!。代行バスで新潟に移動することになりました。
山形県はその名の通り、県境を高い山々が囲んでいます。更に日本海側の庄内地方と、山形市などがある内陸地方も、出羽三山や朝日連峰などに仕切られており、県内の移動だけでも険しい山間を縫うようなルートを通らなくてはなりません。そのため、天候不順で道が閉鎖されたりすると、基本的に移動が不可能となることが多々あります。
私達が乗っていた代行バスも、日本海側を通る国道7号線が、あと少しで新潟県というところで閉鎖されてしまいました。自家用車での移動だったら、その日の新潟行きを断念するところですが、代行バスは、お客さんから乗車券をいただいていて、すでにゴールを目指し走り出しているため、どうにかして新潟に向かうことを検討します。(正直、この時点で酒田に引き返し、払い戻ししてほしかったのですが…。)
そこでとったルートが上記地図のような、山形大迂回コース。地図でみるとあっさりして見えますが、出羽三山や朝日連峰、飯豊連峰という東北屈指の険しい山間の道を東へ西へと通る過酷なコースなのです。バスのガタガタ揺れる振動と標高差のあるルートで、三半規管がくたくた状態でした。
米沢付近を通過するときは、ここで降りて山形新幹線に乗りたいよ〜と心の中で叫んでおりました。(代行バスはあくまでも酒田〜新潟間のものなので、東京に行きたい私の都合は聞き入れてもらえません。)
山形県民でありながら、私が一度も訪れたことの無い小国町(山形の中でも特に雪深い地域として有名なエリア)を初めて通り、やっと新潟県へ。
新潟駅に到着したのはバスに乗って約7時間後でした。特急なら約2時間15分の距離なのですが…。
そこから、新幹線で2時間。東京から自宅まで30分。
長い長い帰り道となりました。

夏休みの竹下通り

中学生になった姪っ子を連れ、原宿の竹下通りに行ってきました。
姪っ子は、お正月から原宿ショッピングのため、お小遣いをためていました。春休みに小学校の卒業祝いを兼ねて連れて行く予定だったのですが、震災の不安もあり延期されていました。ティーンエイジャー向けのファッション雑誌などを見ながらずっと楽しみにしていたようで、夏休みになって行くことが決まって、それはそれは嬉しそうにしていたのです。

一方、引率者となった私は、竹下通りに足を踏み入れるのは十数年ぶり。真夏の若者で混雑した通りを想像すると、ちょっと憂鬱でもありました。しかし、可愛い姪っ子のため、無事に任務を遂行しなくては!と気持ちを奮い立たせてのぞみました。

夏休みの原宿は、予想通り混み合っていました。
竹下通りには、若者がいっぱい。でも、よく見ると、意外に年齢層に幅があるみたい…。幼げな中高生が多いと予想していたのですが、実際は20代と思われる人も多く、肌の張り艶からして、そろそろ竹下通りは卒業したほうが良いのでは?と思える女性も多いのです。
かなり不器用なメイクで何歳までこのスタイルでいくのか?と思える女性の集団が「これ可愛くない?」とはしゃいでいるのを見ると、う〜ん、姪っ子には見本にしてほしくないな…と思ったりして…。

そのような心配をよそに、姪っ子はとっても楽しそう。
セールになっている洋服の値段を見ると、2000円以内で買えるものが多く、たしかに中学生のお小遣いでもショッピングが楽しめます。自分で買った服でファッションコーディネートできるというのは、これくらいの年頃には嬉しいことかもしれません。
結局、姪っ子が欲しい物は「ソラド原宿」という商業施設に集約されていて、彼女はそこでTシャツやバッグを購入しました。原宿店限定のショップオリジナルバックに買ったものを入れてもらえるのも嬉しかったみたいです。
さらに、店頭でやっていた福引きで、2等の豪華?キャリーバッグが当たり、最高にハッピーな原宿(竹下通り)デビューとなりました。
「また、来年も行こうね!」と誓いを交わした私達…。

朝まで生テレビの原発討論を見ていて感じたこと

タモリ倶楽部を見たあと、だらだらテレビをつけて夜更かししていたら「朝まで生テレビ」に…。原発についての討論で、賛成派と反対派が向き合う感じで番組が進行していました。

これまで何度か似たような番組があり、その度に、「原発事故そのもので死んだ人はいない」「原発を止めて節電を強いられても良いのですか?」「最悪の事態はさけられた」など賛成派の身勝手とも思える発言を聞いてきました。
直ちに死ななければ良いと言えること、これだけ国民に不利益をもたらす事故を招ねいてもまだ原発が必要だと言えることが、私にはどうしても理解できずにいました。

けれども、繰り返し賛成派の発言を見ていて、少しだけわかったことがあります。
賛成派の彼らは、自分のやってきたことは素晴らしいことだと信じていること。
彼らは、敗戦、オイルショックという悔しい思いをバネに、「いつか日本が世界一の技術国になってやるぞ」、「原子力というものをいつか技術的に克服してやるぞ」という夢を持ち続け生きてきたこと。
人は、恐ろしい現実を目の前にしても、夢を諦められず、自分のやってきたことを簡単に否定することはできないということ…。

原発に関して賛成派と反対派の議論がなかなか噛み合ないのは、長年、原発を愛し、身を捧げてきた人に、社会的客観的立場から「あのエネルギー危険だから今すぐ別れて、平凡だけど安心感のある他のエネルギーと結婚しなさい」と言っているようなものだから…。

だからといって、原発賛成派の意見に賛同することはできません。
私は、やっぱりもう原発は終わりにした方が良いと考えています。
国民は、原発愛で我を失っている人に惑わされぬようにして、冷静に未来のパートナーを選ばなくてはいけないのだと思います。

なでしこJAPAN決勝進出は素直に嬉しい

震災直後、ただただ悲しい状態が続いていました。
しばらくして、こんな悲劇があっても原発推進を画策し、被災者を後回しにしている政治家の姿に、今度は憤りと恐怖のようなものを感じています。
この国は、自分たちの命よりも、特権階級の利益のほうが優先されてしまう構造になっていることを思い知らされました。同時に自分の無力さも痛感しています。

そんな中で飛び込んできたのが、なでしこJAPANの雄姿。自分達のベストを尽くす、ただそれだけの事が、とても清く美しく感じます。
日本のために頑張りたいと言うコメントには嘘が無く、目標に向かう真直ぐな気持ちが、今の私にはグッときます。

皆の心にも撫子を…。